完成までに4回の設計変更、何故?
エジプト史上初のピラミッド、それは今より約4700年前に造られた「階段ピラミッド」である。
カイロの南約28キロに位置するサッカラは、古代エジプトの王などの墓が多く造られた場所で、階段ピラミッドもまたこの地にある。
これは第3王朝のジョセル王(ジェセルとも呼ばれる。在位=紀元前2650年頃)が、自らの墓として建造した。
設計・建造の指揮をとったのは、名宰相イムホテプだと言われている。
規模は東西約123メートル、南北約109メートル、高さ約70メートル。
イムホテプは宰相になる前は神官であった、太陽信仰の教義に基きジョセル王の墓を築く事を思い立った。その際、ヒントにしたのが、神聖石「ベンベン石」だったという。隕石だったにも関わらず、円錐形をしたベンベン石を見たイムホテプは、この形をピラミッドの原形とした。
ベンベンとは?
ベンベンとは、古代エジプトのヘリオポリスにある丘のこと。 「ベン」は「何回も生む・生まれる」という意味であり、「ベンベン」は「何回も何回も」、つまり「永遠」を意味する
王は太陽の子、死後は太陽と合体する為に昇天すると考えた。その為、天に向かってそびえる円錐形の建造物が必要だった。古代エジプト史上初のピラミッドが6段の階段状なのは、王が天に昇るのを助けるためである。
建設の際、まず地下の岩盤を掘った。そして下部構造として、地下27メートルのところに王のミイラを収める玄室・彫像・副葬品・供物などの収納部屋、王妃や王族の墓、これらを結ぶ通路などの埋葬設備を設けた。
その後、上部構造にマスタバ(ベンチ形墳墓)が造られ、それが拡大された。さらにピラミッド構造がかぶせられ、当初の計画では4段だったようだが、最終的には6段となり、現在の形になったという。
ところが腑(ふ)に落ちない点がある、完成後のピラミッドは、地下の下部構造の埋葬設備の位置が、中心からずれているのだ。後に造られたピラミッドはすべて、上部構造に埋葬設備が有るが、ジョセル王のピラミッドのみ、地下の下部構造に収められている。何故なのだろう?
階段ピラミッドは完成までに4回、設計変更と修正工事が行われた。一説によると、設計変更で横にずらす形で階段を積み増した為に、下部構造に収められた埋葬設備が、中心位置がずれたのではないだろうか?との事です。